過疎地域の医療に携わる心構え
2021年4月からの妻の職場が決まりました。看護師免許を持っている妻は、2021年4月から奥出雲にある診療所の看護師として働き始めることになりました。
今回は妻の職場が決まるまでの経緯について記録しておこうと思います。都市部とは違う、過疎地域における医療の現実を垣間見る転職活動だったようです。
始まりは父親の伝手
妻の転職決定のきっかけは本人自らが求人情報等を頼りに応募したわけではなく、私の父親の伝手によるものでした。
転職先に決まった診療所の元看護師さんで、今でも診療所内との繋がりのある方と私の父親が知り合いでした。この元看護師さんと父親の間で、私の妻が転職先を探している話しが話題にあがりました。これをきっかけに話しが進み、妻の転職活動がスタートすることになりました。
元看護師との会話
まずはじめに、父の知り合いである元看護師の方と妻が話をする運びとなりました。その内容ですが、診療所で働くにあたっての「心構え」に関する部分の確認が主だったようです。
この田舎町で医療を受けようと思った時、生活圏内には数えるほどの診療所があるのみです。病院へ行こうとなると車で数十分移動しなければなりません。そんな環境の中、町の診療所には様々な状況の患者さんが集まります。
症状が軽微な方もいれば、病院での受診が必要と判断されるような方もいます。しかし病院へ移動といっても車で数十分です。公共交通機関網も整っているわけではありませんので、時として診療所の職員が病院への送迎をする場合もあります。その間、手薄になった診療所の業務は診療所内スタッフで切り盛りする必要があります。看護師も事務職も関係ありません。看護師でも事務業務をする場合もあります(当然看護業務は免許が必要なので看護師が対応する必要がありますが)。
つまり「看護師だから看護業務」といったような業務領域の切り分けがきれいにできるわけでは無いということです。「町の医療を守るため、全員が一丸となって診療所の業務をこなす必要がある。その心構えがないとこなせない。」ということです。
都市部の病院においては、かなり明確に業務領域の切り分けがされ、職種ごとになすべき業務が決められています。大阪で病院勤務をしていた妻も、当然そのような環境で働いていました。「その認識のままでは、この診療所での仕事はこなせない。」ということを伝え、それでも働けるのかということを確認しておきたかったようです。
院長先生との会話
元看護師の方との話が終わってから、院長先生と話をさせていただく機会をいただいたようです。
院長先生との話の中でも、元看護師の方から聞いたのと同じような心構えについての話があったようです。やはり診療所とは言ってもこの地域にとっては医療の中心。来院されるすべての患者さんを一人も取りこぼさずにケアするには、全員一丸となった診療所運営が最重要ということなのだと思います。
また院長先生からは経営面についての話もあったようです。
地域医療の担い手としての責任
院長先生は奥出雲町に住まわれているわけではなく、島根県松江市から毎日車で通勤されています。奥出雲町と松江市といえば車で片道1時間程度かかります。この距離を毎日欠かさず通勤し、その一日を地域医療のために費やされています。
自身の勤務環境・条件がよりよくなることを優先するのであれば、または医師としての技術向上や収入アップを目指すのであれば、もっと違う職場もあるはずです。それでも、この田舎町にいる患者のもとへ通い続ける。ここに地域医療を担う者としての責任感を感じます。
経営の持続性についての不安
院長先生としては診療所の業務運用する意味で、若い看護師が入ってくれることは非常に助かると考えられているようでした。しかし一方で、経営の持続性についての不安を感じているようです。
診療所の職員については、ほとんどの方が昔ながらのメンバーで、特に妻のように若い人が新規採用として入ってくれるという話はほぼ無いようです。当然、職員の平均年齢は年々上がり続けます。特に2020年は年始から始まった新型コロナウイルスの感染拡大により患者数も減ったことで、経営的に持続できるのかという点にも不透明なところが出てきたようです。
その中で診療所の経営を続けていけるのか。短期的に見れば、若い職員が入ってくれるのは助かる。ただ長期的に見たとき、若い職員を採用していいのか。雇い続けられるのか。
結果を待つ日々
このような様々な不安を抱えながら、一方で、地域医療の担い手としての責任を背負いながら経営を続けられています。院長先生から最後に「回答までしばらく時間が欲しい」と告げられたようです。
上記したような様々な想いが交差する中で、なかなか結論が出せずにいたのかもしれません。
それから約2週間、回答を待つ日々が続きました。
院長先生からの電話
院長先生と会話をしてから2週間くらいたったころ、妻の携帯電話に院長先生から直接電話が入りました。
結果は採用したいという内容でした。ここまで書いてきた様々な事項を検討した結果の最終判断だったと言ことになります。
過疎地の医療を担うという覚悟
過疎地の医療の担い手には特有の責任感と不安要素があるということだと思います。
決して医療設備が整っているわけではない。医療を担う人員の流動性にも乏しく、特に新たな人員確保は著しく困難。継続できるのかという不安を感じながらの経営。しかしそこは、まぎれもなく地域医療の中心なのです。